ともだち 登場人物 柊 典子:病弱な子 岡田 唯:貧乏な子 林 夏美:使用人 キリル :天使? 12月17日、柊 典子は今日もベッドの中で一日を過ごしていた。 何をする訳でもない。ただ、生まれつき体が弱く、病気にかかってばかりいるだけだ。 「はあ・・・唯はまだかしら・・・」 唯とは典子の幼馴染の親友の名だ。岡田 唯。父親が昔自殺し、それ以降貧乏暮らしをしている。 現在は、家ぐるみで親交のあった柊家の援助で岡田家は生活出来ており、柊家は柊家で、典子が唯なくしては生きられないという状況なので、 両家は互いを支えあっている形になっていた。 「ごめーん!典子!待った?」 唯が慌しく部屋に飛び込んできた。どうやら典子への連絡を預かってきたらしい。 「・・・という訳で!来週うちの演劇部が発表なのよ!一応典子も演劇部でしょ?だから小松先生がパンフレット持ってけって!」 「うん、ありがとう。頑張って行ってみるわ。ええと・・・25日?クリスマスに公演なのね。」 「うん!それに私ね・・・主役に選ばれちゃったんだ!」 「すごいじゃない!じゃあ余計に頑張らなきゃいけないわね。」 「でも無理しちゃダメよ。今度の病気、重いんでしょう?」 「ええ・・・でもお医者様も大丈夫だと言ってらっしゃったし、それに今日はとても調子がいいのよ?」 にっこり笑う典子を見て、唯の心は痛んだ。昨日訪れた時に、典子の主治医と母親が今回の病気について話しているのを聞いてしまったのだ。 心臓癌 確かにそう聞こえた。しかもかなり進行しているらしく、治すのは難しいようだった。典子の母親が泣いていたのだから、間違いないだろう。本人にはまだ伝えてない様だった。 「今日はそろそろ帰るわね。」 「あら、もう?」 顔に出やすい自分の性格を唯は自分で分かっていたので、ぼろが出る前に退散したほうがいいと思ったのだ。 「今日は用事があるのよ。ごめんね!」 「ううん。わざわざ連絡をくれる為に忙しい中来てくれただけでも嬉しいわ。」 唯はあっさり帰っていった。少々寂しいが、彼女にも都合がある。典子はそれぐらいは心得ていた。 唯が帰ってしばらくし、夕食を済ませた典子は窓から夜空を見ていた。 「やっぱり・・・唯も気付いているのね・・・」 典子は自分が死ぬかもしれないことを知っていたのだ。唯が聞いたその時、典子もまた偶然聞いてしまっていた。 「嫌よ・・・死にたくない・・・」 涙が零れる。 「・・・あら?」 もう寝てしまおうとベッドに戻ると、枕元に封筒が置いてあるのに気付いた。 「誰かしら・・・?さっきまで何も無かったような・・・」 恐る恐る封を切り、ひっくり返してみる。紙切れがすとんと出てきた。 「えっと・・・え!?い、嫌!」 中には文章が書いてあったのだが、典子はそのあまりに恐ろしい内容に、思わず手紙をくずかごに投げ捨てた。 「はあ・・・はあ・・・」 心臓が高鳴る。あんな恐ろしいことが書いてあるなんて。きっと悪い冗談だ。 「・・・!?」 驚いたことに、たった今捨てたはずの手紙が枕元に置いてあった。ご丁寧にシワまで直って。 「どうしてなの・・・」 その手紙の内容はこのようなものだった。 柊 典子様 あなたはあと一週間後に死を迎えます。しかし、それを避ける方法が一つだけあります。 あなたの一番大切な人を、私に贄として差し出すのです。そうすれば、あなたの寿命をあと50年は延ばして差し上げましょう。 明日の夜、ご返事を伺いに参ります。それでは・・・                                                                   天使キリル つまりは自分はあと一週間しか生きられないが、身代わりを出せば助かるということだ。 「一番大切な人・・・唯!」 今の典子にとっては、毎日顔を見せに来る唯と話すのがたった一つの楽しみだ。唯のいない生活など考えられない。 「こ、こんなもの・・・」 もう一度手紙を投げ捨てる・・・が、ふと見るといつの間にか、手紙は枕元に戻ってきている。 「なんなの・・・なんなのよー!」 寿命を延ばすだの、天使だのと非現実的な手紙である。普通ならば誰かのイタズラだろうで終わるものだ。 しかし、何度捨てても戻ってくる不可解さを目の当たりにするとそうもいかない。典子は仕方なく手紙を枕の下に押し込み、布団を被った。 12月18日 「お嬢様、朝ですよー。」 翌朝、使用人の声が飛び込んできた。 「はい、起きてます。夏美さん。」 典子の返事でドアが開き、使用人の林 夏美が入ってきた。 「あれ?お嬢様・・・顔色が悪いですよ?」 「ええ・・・ちょっと眠れなくて・・・」 「大丈夫ですか?何か飲み物でもお持ちしましょうか?」 「いえ、別に大丈夫です・・・」 そういう典子だが、顔色はかなり悪く見える。 「うーん・・・あ、じゃあお布団を替えましょう!新しいお布団ならゆっくりお休みできますよ!」 そう言うと、夏美が枕に手を伸ばす。 「・・・あ!駄目!」 「え!?あ、すみません!お嬢様のご返事も聞かずに!」 夏美がぺこぺこと謝る。 「あ、いえ・・・私こそごめんなさい、急に大声を出してしまって・・・でも布団はまだいいわ。やっぱり飲み物を頂くわ。」 「は、はい!すぐにお持ちします!」 夏美が慌てて出て行く。典子は耳を澄ませ、足音が聞こえなくなってから、枕の下に隠した手紙をベッド脇の引き出しにしまった。 「こんなもの見せられるわけないじゃない・・・特にお母様と唯と夏美さんには・・・」 夏美は柊家の3人の使用人の中で一番若いが、典子が小さな頃から世話してくれており、典子は年の離れたお姉さんのように感じていた。 典子の中で、三番目に大切な人だ。これ以上心配はかけられない。 「今夜・・・来るのね・・・」 手紙をしまった引き出しを見つめながら、典子は恐怖を必死で抑えていた・・・ 夕方、お約束の唯の訪問があった。相変わらず気まずいのか、今日も唯の帰りは早かった。そして、あっという間に夜を迎えた・・・ 夜、昨日星を見ていた時間になった時、それは現れた。 神々しい光に包まれ、白い羽を生やし、頭の上には金色の輪。絵に描いたような天使だった。 「こんばんわ、柊 典子さん。昨日の手紙にあった通りに参上させていただきました。キリルと申します。」 「こんばんわ、天使様。お手紙、読ませていただきました。」 キリルと名乗った天使、見た感じは優しそうで、誠実そうで、美しい顔立ちだが、典子は何か違和感を感じていた。 「さて、さっそくですが、ご返事は如何に?」 「・・・お断りします。」 「ほう・・・」 キリルは特に意外だというような素振りも見せず、窓の外を見た。」 「ふむ・・・ではあなたはあと6日でお亡くなりになりますが、それでよろしいと?」 「・・・はい。唯を犠牲にしてまで生きたくなどありません。」 「彼女があなたを裏切っていてもですか?」 「え・・・?」 突然の意外な言葉に典子は言葉を失った。裏切っている?唯が?そんなはずはない。 「彼女はあなたの家の恩恵で生活していながら、影ではあなたを疎ましく思っているのですよ。」 「そ・・・そんなはずないわ!その様な嘘には騙されません!」 「天使は嘘を吐きませんよ。毎日毎日顔を見せるのもうんざり。援助して貰っているから逆らえないだけで、あんな病気人間、近寄りたくもない・・・」 「そんなことを・・・本当に?嘘よ!嘘に決まっています!」 頭の中がグチャグチャになる。そんなはずはないと思いながらも、そうなのかもしれないという心が出来始めていた。 「まあ、信じる信じないはあなたの勝手です。では、もしも生き延びたいと思いましたら、昨日お送りした手紙の裏面にある呪文を唱えてください。」 しかし、手紙の裏には何も書かれていない。 「ああ、それですが、あなたが生き延びることを決断された時にだけ、呪文が浮かびますので。安心してください。日本語で表示されますから。」 「・・・」 典子は放心状態で、光の中に消え行くキリルを見ているだけだった・・・ 12月22日、この三日間、典子は悩み続けていた。毎日尋ねてくる唯と話しながら、自分のことをどう思っているのかと考えているかを読み取ろうとした。 しかし、唯はいつものように明るく、自分のことを嫌ってなどいないという思いが強くなった。やはり唯を犠牲には出来ない・・・ そう思うも、母や夏美が心配しているのを見ると、死にたくないという心も強くなっていった。 12月23日、いよいよ明日だ。明日、決断をしなければならない。今のところ、手紙の裏には何も書かれていない。唯を思う心のほうが強いようだ。 「・・・やっぱり、私が死ぬべきなんだわ。元々そういう運命だったのよ。それを変えるというのがおかしいのよ!」 典子は拳をぐっと握った。決めた。私が死ぬ。それでいいと・・・ 「お嬢様!」 突然、夏美が部屋に飛び込んで来た。ノックもしないで入ってきたということはよほどの用事なのだろう。 「どうしたんですか?」 「お嬢様・・・岡田様が・・・岡田様が・・・」 「唯?唯に何かあったの?」 「そ・・・それが・・・」 夏美の顔は真っ青だ。一体何があったというのだろう。 「先程私は奥様に頼まれていた買い物に出たのですが・・・その帰り道で、岡田様がご友人と楽しそうに話しながら歩いているのを見かけたんです。」 「え、ええ・・・」 何か胸騒ぎがする。何だろう・・・何かとても嫌な予感が・・・ 「私、一声おかけしようと思って近づいたのですが・・・その時、信じられないことを聞いたんです!」 「一体何を・・・」 まさか、まさか、まさか! 「『今からまたあそこ行かなくちゃいけないんだけどもう面倒でしょうがない』と・・・ご友人の『付き合いやめたら?』という言葉にも、『お金貰わなきゃいけないから仕方内』と・・・」 「そ・・・んな・・・」 典子の中で、何かがガラガラと崩れていった。夏美が嘘を吐くはずがない。それにあの天使も言っていた。最早揺ぎ無い真実としか思えなかった。 「私も・・・信じられなかったのですが・・・その後、一日くらい、風邪で誤魔化すと言っておられましたので、今日来ないのが証拠になるかと・・・」 「・・・分かりました。」 「お嬢様・・・」 「ちょっと一人にさせて頂戴・・・あと、お母様やお父様にはこのことはまだ伏せていて。何れ私から話したいから・・・」 「はい・・・失礼します・・・」 夏美が部屋を出て行くと、典子は手紙を取り出した。裏には不思議な言葉が浮かんでいた。 「・・・明日、唯を呼ばなきゃ。」 そう呟くと、まだ夕食も摂っていないが、典子は横になった。 しかし、彼女は知らなかった。ちょうどその時、林 夏美が玄関から入ってきたばかりだということを・・・ 12月24日、クリスマスイブにして、柊 典子の運命の日。典子は朝早くに目を覚ますと、自ら電話をかけた。もちろん、岡田 唯に・・・ 「はーい・・・もひもひ・・・岡田です・・・」 唯が出た。好都合だ。 「あ、唯?朝早くにごめんなさい。私、典子よ。」 「え?典子!?どーしたのよー、こんな朝早くに・・・」 「昨日風邪をひいたって聞いたから・・・大丈夫?」 「あー、うん。大丈夫よ!ごめんねー、心配かけちゃって。」 嘘吐き・・・そう言いたい気持ちを抑えて、会話を続ける。」 「えっと、それでね、もし大丈夫ならちょっとうちまで来てくれないかしら?」 「んーと、今から?うん、いいよ!昨日行けなかったぶん、沢山話そ!」 「ほんと?ありがとう。じゃあ、待ってるわね。」 あっさりと誘い出すのに成功した。 「あ、お嬢さま。もう起きて・・・え・・・?」 夏美は朝早くに活動している典子に驚いたがそれよりも、今まで見たこともないような怖い笑顔で部屋に戻る姿に、恐怖を感じていた。 しばらくして、唯がやってきた。朝も早くから呼んだので、とりあえず朝食を与え、部屋に呼んだ。 「あー、おいしかったー!あんなにすごい朝ごはん初めてよ!」 「うふふ・・・喜んでもらえて嬉しいわ。」 「ところでこんな朝っぱらから呼ぶなんて、何かよっぽどの用事?」 唯は全く警戒していない。完全に安心しきっている。 「ちょっとね、聞きたいことがあるの。」 「何?何でも聞いてよ!」 「もしもよ、自分があと一週間で死ぬって聞いて、でも、どれを避ける方法があったとしたら、その方法を採るわよね?」 「え?まあ・・・そうだね。」 死という言葉に唯は一瞬固まったが、すぐに答えた。 「それで、もしもよ?その方法が、自分の一番大切な人を身代わりにするっていうのなら、どうする?」 「えー!?それは嫌だなあ・・・私なら典子やお母さんを身代わりになんかしたくないし。諦めて死ぬわ。」 「そうよね。私もそう思ってた・・・」 「典子?なんか今日おかしくない?そんな怖い話なんかしちゃって・・・」 唯の顔色が変わり始めた。明らかに動揺している。 「ねえ、唯・・・あなた、私をどう思ってる?」 「え?」 「毎日うちに通うこと、実は嫌だったりしない?」 「ちょ、ちょっと!何言ってるのよ!典子と話すのは楽しいし、嫌だなんて思ってないよ?」 「本当に?」 「本当だって!もー、どうしちゃったの?」 「昨日ね、うちの夏美さんがあなたを見ているの。」 「え・・・?」 「あなたが楽しそうに話しているのを・・・」 「え?何それ!?私昨日は風邪でずっと家にいたわよ!?」 「あなたがここへ来るのを嫌がってたり、お金の為だから仕方ないって言ってたのを聞いていたのよ・・・」 「ちょっと待ってよ!私知らない!そんなの・・・本当に知らないよお!」 唯は必死で訴えているが、典子は無視して話を進めた。 「さてと、それでね、さっきの身代わりの話。」 「え・・・」 「あれね、先週実際に起こったことなの。信じられないでしょうけど、天使様にも会ったわ。」 「何を言ってるの・・?」 唯はすっかり元気がなくなっている。白々しい演技だ。 「それでね、私、あなたを身代わりのしようと思って。」 「そ・・・そんな・・・何で?その話が本当だったとしても何でよ!」 「私を裏切ったからよ!私は親友だと思っていたのに・・・ただのわがままなパトロンとしか思ってなかったのね!」 「そんなこと思ってないよ!裏切ってなんか・・・ないよ・・・」 「黙りなさいよ!夏美さんが嘘を吐くとでも!?」 「それは・・・でも私は本当に!」 「うるさいうるさいうるさいうるさい!私はまだ死にたくない!裏切り者を消して!生き残ってみせるわ!」 「や、やめてええええ!」 「jhjsンh巻bvkfvkねdvンjlんbvjヴぁjkhkjvkhfdkv・・・」 不可解な文字の羅列なのに、不思議とすらすら読めた。もう後戻りは出来ない・・・ああ、光が・・・ ・・・え? 「ああ・・・ああああああああ・・・・ああああああああああ!!!」 光から突き出た剣は、まっすぐに典子の胸を貫いていた。出血は全く無いが、激しい痛みが全身を駆け巡る。 「典子!?典子!」 唯がすぐに光の剣を抜こうとした・・・が、掴もうにも掴めない。まるでそこには何も無いかのように。 「ふふふ・・・」 「!?」 突然の笑い声に唯が振り向くと、背中には黒い羽根を、頭には大きな角を生やした男が楽しそうに笑っていた。まるで絵に描いた悪魔の様な男だ。 「あ・・・あああ・・・・き・・・りる・・・」 典子が苦しみながら言う。随分と雰囲気が変わっているが、確かに顔はキリルだった。 「ふはは、どうもこんにちは。いやはや、やっぱりそうなりましたか。」 「ちょっと・・・あんたなんなのよ!」 唯がキリルに掴みかかる・・・が、簡単に弾かれ、壁に叩き付けられてしまった。 「どうも、柊 典子さん?見ての通り、私は悪魔です。簡単に引っかかっていただき、有難う御座います。」 「う・・・ああ・・・な・・・ぜ・・・」 「はは、天使様が犠牲を要求して救いを与えるはずなどないでしょう。犠牲を求めるのはいつの時代も悪魔ですよ?」 「あんたが・・・典子を・・・」 唯が起き上がった。フラフラになりながらも、再びキリルに掴みかかる。 「おやおや、元気ですねえ・・・ちょっとばかり私が偽の情報を流しただけで、あなたを裏切り者と決め付けるような娘だというのに・・・まだ助ける気ですか?」 「当然でしょ・・・典子は私の親友だもの!そりゃあ疑われたのはショックだけど・・・あんたが卑怯なことするからじゃない!」 「ほう・・・美しい友情ごっこですねえ・・・しかーし!この娘はもう助かりません。悪魔の契約は絶対ですから。」 ふと見れば、典子はもう虫の息だ。本当にもう長くないだろう。 「はっはっは・・・何もしなければ、治療が上手くいって長生き出来たというのに!いやはや愉快!あっはっはっは・・・」 「ちょっと、悪魔・・・」 「おや、どうしましたか?哀れなお嬢さん。」 唯の顔は険しかった。さっきまでとはまた雰囲気が違う。 「あんた・・・典子に持ちかけた話は出来ないの?」 「は?」 「身代わりを使えば助かるってやつ・・・私が今から身代わりになったらあの子、助かる!?」 「ほう・・・自分を差し出すと・・・悪魔に契約を持ち出すと!」 「そ、そうよ!」 「いや、しかし残念。確かに、元気な人間の魂のほうがおいしいんですがね、邪悪な心が無いと悪魔は魂を食せないんですよ。あなたの魂は綺麗すぎますね・・・」 「じゃあどうすればいいの!?私何でもするから!お願いだから典子を助けて!」 「・・・」 本来、途中の経緯がどうであれ、契約を交わした以上はどうにもならない。ある一つの方法を除けば・・・ 「そうですねえ・・・私は悪魔の中でも慈悲深いですから?特別に教えて差し上げましょうか・・・」 「ほんと!?」 「なあに、簡単ですよ。悪魔と対に当たる存在、本物の天使に頼めばいいんです。」 「そ・・・そんなこと・・・」 「ええ、出来るはずがありません。残念でしたねえ・・・さて、長話が過ぎましたね・・・そろそろ魂を頂いて帰りますか・・・」 微かな希望をちらつかせ、一気に再び絶望に突き落とす。キリルはこれが大好きだった・・・が、様子がおかしいことに気付き始めた。 「おや・・・全くあなたは動じませんね・・・まあいいでしょう・・・魂を・・・!?」 さっきまで苦しみながら転がっていた典子がいなくなっていた。 「そんなバカな!?動けるはずもない・・・一体どういうことですか!?」 「ふふふ・・・残念なのはあんたのほうよ・・・」 唯の眼が光る。 「む・・・あなた、一体何を・・・」 「あら?あなたが言ったことよ?天使様にお願いしたら助かるって。」 「何を・・・まさか天使がこの場に!?」 周りを警戒するキリル。しかし何も見当たらない。 「どこだ!どこにいる!?」 「はあ〜い、悪魔さん。」 「!?」 突然真後ろから声がした。しかもどこかで聞いた声だ。 「お・・・お前が・・・」 そこにいたのは、キリルが先日、その姿を借りた女・・・柊家の使用人、林 夏美だった。 「昨日は私の姿を使って楽しいことしちゃったみたいね?」 「う・・・あ・・・」 キリルは自分が圧倒的に不利なことに気付いた。今は昼。悪魔が弱く、天使が強い時間帯。それに詐欺紛いの契約を執行したこともばれている。 「私のお気に入りに手を出すなんて、いい度胸ね!」 「う、うわあああああ・・・」 光が辺りを包んだかと思うと、キリルの夏美はあっという間に消えてしまった。と、同時に典子がベッドに寝ているのが見えた。 「・・・終わった?は〜」 唯が崩れ落ちる。無理もない、壁に叩き付けられたのを必死で堪えていたのだ。それに、精神面でもかなり疲れていた。 「あの時・・・」 キリルが天使の話をしたときに、典子が最後の力を振り絞り、ベッド脇のスイッチを押したのだ。それは、世話係の夏美を呼ぶためのものだった。 「・・・ごめんなさい唯。私・・・あなたを・・・」 「何よ、いつの間に起きてたのよ・・・全く、もう二度と御免だわ。」 「本当にごめんなさい・・・あなたは心の底から私を親友だと思ってくれていたのに・・・私は・・・!!」 「あー・・・もういいから。気にしてないよ?」 「ありがとう・・・ありがとう・・・」 典子がぼろぼろと泣き出す。つられて唯も少し泣いた。 「いい?これからも、私とあなたはずっっっと親友!だからもう疑ったりしないでよ?」 「ええ・・・唯・・・」 あとから分かったことだが、典子は夏美が天使だと分かっていなかったらしい。でも、典子はいつも助けてくれる夏美を天使のような人だと思っており、咄嗟に呼んだということだ。 天使だの悪魔だのと関わったなど、誰も信じてくれないだろうが、現に、その天使は今も柊家で働いている。典子の病気は、悪魔が言っていたように、奇跡的に手術が成功し、 びっくりするほどあっけなく治った。そして、二人は今日も二人で笑っている・・・