ジユウナ世界 登場人物 俺   :主人公 ジジイ:手品師 女   :ホステス あいつ:元同級生 黒い奴:服が黒い 俺は世界一不幸な男だ。両親は離婚し、俺を引き取った母親はさっさと死んじまった。 それから、少ない金を元に必死で遣り繰りし、生きてきた。なのにだ・・・ 「ああ・・・君、明日からもう来なくていいよ。才能無い者を雇う暇など無いんでねえ・・・」 散々人を扱き使った手品師のジジイは、何の前触れも無く俺をクビにした。 「そおゆうことでえ、ばいばーい!」 ホステスという正体を隠して俺に近づいた女は、俺に限界まで貢がせた挙句、金が無くなった途端に去っていった。 「ひゃはは、お前まだマトモな仕事してねーの?かっわいそー。」 いつも俺の影でコソコソしていた同期のあいつはいつの間にか大会社の幹部に成って、俺をバカにする毎日だ。過去に何度も金を貸してやった恩も忘れて。 どいつもこいつもそんなに俺にほんの小さな幸せも味あわせないつもりなのか? そんな何もかもを失った俺に、奇跡が突然起こった。 「おい、そこのお前さん。」 仕事が決まらずぶらぶらしていた俺に、その黒い奴は声をかけてきた。 男は背が低く、年は4、50くらい。黒いコートに黒いニット帽という、如何にも怪しい男だった。 「何だよオッサン。俺は今イラついてるんだ、ほっといてくれ!」 「まあ、そう言いなさんな。今日はお前さんに良い話を持ってきたんだから。」 「良い話?詐欺かなんかだったらブッ殺すぞ?」 「ふん、何も無い者からこれ以上何かを奪おうなんて思わんよ。」 「じゃあ何だよ?ヤバい話か?」 「どうなるかはおまいさん次第だな。」 どうもはっきりしない。俺はもう帰ろうかとも思った。 「ほれ、これじゃ。」 「うお!?」 振り向いて、帰ろうとした時、いつの間にか黒い奴は俺の前に回りこみ、古そうな懐中時計を手に持っていた。 「い、今!あんた・・・そっちに・・・」 「そんなことはどうでもいい。ほら、これをやろう。」 「何だよ・・・まさかいい話ってそのボロい時計かよ・・・」 「そうだ。ただの時計ではないぞ?魔法の時計だ。使い方は・・・まあ、すぐに分かるだろうよ。余りに哀れなおまいさんにプレゼントじゃ。」 「魔法の時計だあ?おいおい・・・やっぱ詐欺かよ・・・って、ああ!?」 肩を落として時計を返そうとしたら、いつの間にか黒い奴はいなくなっていた。 「詐欺するんじゃないのか・・・?」 よく分からなかったが、とりあえず時計を持ち帰ることにした。 「しっかし・・・何の変哲も無い時計だよなあ・・・」 敷きっぱなしの布団に転がりながら時計をいろいろな角度から見てみたが、何も変わったことは無い。ただの懐中時計だ。 「うーん・・・これで時間が止まったりするんなら最高だよなああ・・・って、んな事在るわけないか・・・」 俺はさっさと諦め、次の仕事を探すことにした・・・うん、ここがいい。仕事はきつそうだがここから歩いて行けるし給料も次第点だ。早速電話してみよう・・・ 「・・・」 「・・・」 「・・・」 おかしい。いつまでたってもコール音すらしない。いつの間にか電話を止められたのだろうか?いや、クビになったのは昨日だ。今月一杯は最低でも動くはずだ。 「仕方ねえな・・・じゃあ、こっちでもまあ・・・」 「・・・」 「・・・」 「・・・」 おかしい。やっぱり繋がらない。何故だ・・・ 「ん・・・」 ふと、あの時計が目に入る。 「まさか・・・いや、そんなこと在るはずがない・・・」 俺はその疑問を解決するため、外にそのまま出てみることにした。 「うおお!おおおお!すげえ・・・」 外に出た俺は、思わず歓喜の声を上げた。道行く人も、空飛ぶ鳥も、何もかもが止まっていた。空間ごと固まったかのように、空のモノは空で止まっている。 「信じられねえ・・・!!痛え!夢じゃねえよ、おい!」 漫画みたいな話に、漫画みたいなことをしてみた。そして確信した。本当に全てが止まっている。 「あの黒い奴もコレ使ってあんなことして見せたんだな!うおお・・・コレさえあれば何でもし放題だぜ!」 なかなか興奮が収まらない。この時計は時間を操れるんだ! 俺は早速、何かをしてみることにした。 ・・・まず来たのは大通りだ。沢山の人が行き交い、自動車が絶え間なく並んでいる。もちろん全てが動かない。 「さて・・・何をすっかな・・・」 時間が止まっている以上、何をやっても問題は無いハズだ。誰も気づきなどしない。 「ん・・・そういや仕事無くなったから飯に困るな・・・よし、まずは食料を確保だ!」 時間を止めれようが何だろうが人間は人間。腹は減る。 「どうせなら普段食えねえモンを食いたいよなー。」 大通りで一番大きなデパートに入り、物色を始めた。入り口の自動ドアには苦労しそうだったが、丁度入ろうとしていた客がいたので余裕だった。 高級食材の中でも比較的扱いやすいものと、フルーツ類、ついでにちょっと高めなカップメンを袋に詰めるだけ詰め、一旦自宅に戻ることにした。 「ふー・・・疲れたぜ・・・ちょいと休憩したら他にもやってみっか!」 こんな時でも現実的なものをピックアップして盗む辺りが自分ながらにしっかりしていると思った。そして睡眠。これも十分とっておけばしばらくはまた遊べる。 どうせ時間は止まっているのだ。戻すのは好きな時でいい。 ・・・どれくらい寝たのだろうか?当たり前だが時計も止まっているので時間は分からない。まあいいか。 「さて・・・飯食ってから新しいことやってやろう。」 時間が止まっているので関係無いのだが一応、生ものから食べ、満足すると早速大通りに戻ってきた。 「うーむ・・・しかし・・・何でも出来るとなると逆に悩むな・・・」 道路のど真ん中で胡坐を掻き、周りを見渡す。おや? 「・・・じじい。」 たまたま人ごみの中に、数日前に俺をクビにした手品師のじじいを見つけた。 「そうだ・・・クビのお礼をしなくちゃな・・・」 俺は一瞬、自分は凶悪だと思ったが、よく考えれば大量の盗みを既に働いている。今更なんだ。 「どうしてやろうか・・・そうだな、やっぱりハンムラビ憲法だな!」 目には目を歯には歯を 有名なアレだ。今回ならじじいを手品師廃業にしてやればいい。時間を操れる自分には簡単なことだ・・・ 一旦時間を戻してじじいの後を追う。時間が戻る際、何かしら変化があるかと思ったが、何も無かった。まるでビデオを一時停止から解除したかの様に。 「便利なもんだがどうも便利過ぎるな・・・あんまり乱射はしないでおこう・・・」 ぶつぶ言いながら歩いていると、じじいが建物の中に入っていった。どうやら今日はここで仕事をするらしい。 「・・・ってTV局じゃねえか!あのじじい!いつの間に有名人に!?」 じじいが入っていった建物には、『蒼海TV』と書いてある。間違いない。 「はー・・・この前まで街角でちまちまやってたくせに・・・どうなってんだ!?」 疑問を抱きながら、時間を止める。そして侵入。楽勝だ。 そしてじじいを探していると、通路を歩いているのを見つけた。 「よし、解除っと。」 時間を動かすと、じじいは奥へと歩き出した。俺はさっきスタッフのジャケットを盗んだので、もう平気で歩き回れる。ここからはそのままで追跡することにした。 じじいはある部屋に入っていった。どうやら控え室らしい。 「おっと・・・ここに今入ったってことはしばらく出てこねえな・・・そうだ・・・ちょうどいい!」 俺は閃いた。この暇な待ち時間、普段は会うことすらない芸能人達と会える・・・どころじゃない、触れる機会だ。 そうと決まると、まずはそのままでうろついてみる。バラエティーの収録が多いのか?お笑い芸人の名が多く見られる。 最近のバラエティーはお笑いに乗っ取られたなあと考えながらうろついていると、ある名前が飛び込んできた。 『栗中 鏡子』 俺が大ファンの女優だ。朝にやっていた、ある家庭の裏に住む人の生活を描いた『裏さん』は毎日見ていた。途端に鼓動が高まる。 「よ・・・よし!時間停止!」 恐る恐る扉に手をかける。汗が流れる。手が震える。心臓なんか破裂寸前だ。 「落ち着けー・・・よし、いったれ!」 勢いよく扉を開いた!メイク中か?いや、打ち合わせかな?も、もしかしたら着替え中!? いろいろ考えていた俺の目に映ったのは・・・ 何者だか知らないが、男と抱き合い、唇を重ねている憧れの女優だった。 「・・・」 無言で扉を閉める。今のは目の錯覚だ。多分浮かれていた反面、恐れていたことが見えただけだろう。うん、そうに違いない・・・ 自分に言い聞かせ、時間を戻す。さて、結構経っ・・・あ! 「俺バカだ!」 思わず声に出た。しかしそうも言いたくなる。止めている間、時間が経つはずがない。全くの無駄だった。 「・・・地道に待つしかないのか。」 テンションは下がる一方だ。仕方なくその辺をぶらぶらした。 どれくらい経っただろうか?ようやくスタッフに呼ばれてじじいが動き出した。よし、追跡だ。 「期待してますよお?」 「ははっ、任せなさい!」 つまらない上辺な会話を聞きながら後に続く。途中、何回か影に隠れたりしながら、ようやくスタジオ入りをした。 舞台袖でADに紛れて進行を見る。じじいのマジックが始まり、一番肝心な所で時間を止めなければいけない。思ったよりこれが難しい。 「・・・!しくった!」 チャンスを一回逃した。次こそは成功させなければいけない・・・ 「・・・」 「・・・」 「・・・今だ!」 コインマジックでじじいがコインを消し、観客が驚いた瞬間、今度は逃さずに時間を止めた。 「・・・ふう、成功だ。」 じじいは得意満面でコインを消した手を見せている所で止まっている。 「このネタは確かここに・・・」 伊達に見習いをやっていない。身近で見て、じじいの大半のネタを把握している。実践すると難しく、失敗ばかりであったが。 「へへ・・・このコインをこっちに・・・」 袖の中にある小さな隠しポケットの口を緩め、入り口近くにずらす。 手の中を転がして隠しポケットに入れて消したように見せるという、余りにも古典的なトリックだ。よくこんな程度でテレビに出れたものだ。 ついでに隠しポケットを見えやすいように少し引っ張り出してやった。これで完璧だ。 そして、時は動き出した・・・ 「さあ・・・っておわあ!」 じじいが叫んだ。袖から隠しポケットがはみ出し、コインが床に落ちたのだ。 「おいおい・・・」 「うわあ・・・ネタバレしちゃったよ・・・」 「てゆーか分かりやす!」 客席が騒ぎ出した。 「さあ・・・どうするよ?」 笑いを堪えながら見ていると、司会役の男がカメラに合図を送った。どうやら急遽CMを入れていたらしい。 「さあ、さっきはちょっとした事故になっちゃいましたが、気を取り直して頑張っていただきましょう!」 どうやらやり直すらしい。一応ネタは変えるみたいだ。当然か。 「さてと・・・」 俺は再び時計の準備をする。成功などさせるものか。 「・・・」 「・・・」 「・・・よし!」 タイミングを計って時間をまた止めた。今度のネタもよく知っているやつだ。タネは服の内側にある! ・・・俺はスタジオを去った。これ以上は自分でやっておきながら見るに耐えない。 きっとじじいはさんざんなことを言われ、もう手品師としてやっていけないだろう。 「動け・・・」 テレビ局を出たところで時間を戻した。じじいが慌てている姿が目に浮かぶ。 ざまあみろ 俺だって仕事を失くしたんだ。 「あはは・・・あはははは・・・あはははははは!」 大笑いしている俺を物陰から黒いあいつが見てこれまた笑っていることなど、今の俺が気づく由も無かった・・・ さて、俺はじじいの件で味を占めた。こうなれば俺をひどい目に逢わせた他の連中も、陥れてやるしかない。 もう、そういう考えしか起こらなくなっていた。 また時間を止めて活動を始めた。一旦家に戻り、食事と睡眠を摂る。 あのホステス女を探すのに思った以上に手間取ったのだ。 やはり、時間を止めたからといって何でも出来るというわけにはいかなかったのだ。 発見の糸口は、意外なところにあった。 捜索開始直後から俺は時間を止めてあの女がよく行く場所を回っていたのだが、時間を止めたまま張り込むなど無意味なことをしてしまったのだ。 どうにも未だ、この不思議な力に慣れていないらしい。 そこで、一旦時間を動かし、夜まで待った。そう、あの女が働いているバーに働いている時間に行けばいいだけだったのだ。 「さてと・・・今回は・・・仕事をクビ程度じゃつまらんな・・・やっぱここは俺と同じ目だよな!」 俺がされたこと。金を根こそぎ奪われたことだ。だったらこいつも無一文にしてやればいい。 「・・・無一文?」 よく考えると難しい。どうやったらこの女を無一文に出来るのか? 賠償金を払わせる方向なら出来なくも無いが、この女はかなり溜め込んでいる。そこまでいくような賠償に話を持っていけるのだろうか? 時間を止めたバーの中でゆっくり考える。 「・・・そうだ。」 一つ、面白いことを思いついた。此れなら今の俺には簡単に準備が出来る上に、こいつ自ら金を失くしていくだろう。 早速俺は、作戦の準備に入った・・・ まずはホステス共の控え室に行き、女の通帳を抜き取る。さらに財布の中身も全て出しておく。 そして、ダッシュでATMに走った。作業中だけ時間を戻し、手早く女の講座から貯金を全て下ろした。 暗証番号は無防備に手帳に書いてあるのを知っていた俺だからこそ、出来ることだ。 あとは時間を止め、適当なジュラルミンケースを盗み出し、金を敷き詰め、店に客として入るだけだ。 「いらっしゃいませー」 出迎えのスタッフが俺を奥に案内する。早速あの女を指名した。 「やあ。」 女は一瞬ばつの悪そうな顔をしたが、金をちらつかせると、あっという間に笑顔になった。 まさに現金な奴だ(現金を見せた途端だけあって)。 俺は迷わず、一番高い酒を頼んだ。標的の女意外にもホステスを集めておいたので、これだけでかなりの出費になる。 この女が溜め込んでいた金は約150万。恐らく俺以外からも騙し取ってきたのだろう、すごい金だ。 「よーし、みんな飲みたいだけ飲めよ!じゃんじゃん何でも持って来い!」 どいつもこいつも金がある奴にはすぐになびく。 このまましばらくしたら、この女はやり直そうとでも言ってくるだろう。もちろんそんな気は全く無いが。 しっかり計算してギリギリまで使い込む。少々金が多すぎたので、ついでに両隣のテーブルのおっさん達も混ぜて、全部払ってやると言った。 まあ多少足りなくても、それくらいならおっさん共が払うだろう。 結局、実に149万も使い、宴会は終わった。同時にあの女への復讐も。 やはりやり直しを求めてきたが、当然断った。どうせ金しか見てないのだろうし。 朝になるのが楽しみだ。二人はどうなるのだろう? 「あーっはっはっはっは、あっはっはっはっは!」 再びこみ上げてくる笑い。 それをまたも黒い奴が見て、笑っていたが、俺は全く気付かなかった・・・ とりあえず、朝まで時間を進ませることにした。流石にこう遅くてはもう一人をハメている時間は無い。 そう、あと一人・・・ これまで多少道を外したこともあるが、ほぼ真っ当に生きて余計なことを考えなかった俺には、そう腹の立つ奴はいない。 今回の文無し生活に陥った原因となったあの三人くらいなものだ。 仕事をクビにしたじじい 俺の金を絞りつくした女 そして散々俺を頼り、何度も金を借りておきながら、出世した今でも金を返さず、それどころか俺をバカにするばかりのあいつだ。 特にあの男は腹が立つ。 借りた金を返さないのも今の俺にはそうとう応えたが、何より過去の恩を忘れて何一つ助けをよこそうともしないあの態度に腹が立つ。 見ていろ、ハンムラビどころじゃない。地位も、財産も、全て奪ってやる。今の俺には其れが容易く出来るんだ。 徐々に高まる恨み。 力を手にした直後よりも随分強くなっている。前二件の成功という勢いがあるからだろうか? 「・・・?」 一瞬、あの黒い奴が頭に浮かんだ。何故だ?あの男を俺は何処かで見たのか? まあいい。 そんなことは今はどうでもいいんだ。目の前の復讐だけを考えろ。 よし、やってやる・・・ 朝五時、俺はあいつの会社にいた。時間を止めてゆっくり休んだからこんな朝早くでも全く眠くない。 今日、ここであいつがメインのプロジェクトの会議があることを俺は調べ上げた。時間を止めて、夜中に走り回った。 苦労はしたが、あいつに復讐するためだ、これくらい何でもない。大体疲れたらいつまでも休めるわけだし。 いろいろと仕込みをし、ちょこちょこ時間を動かしては周囲の様子を探る。その繰り返しだ。 しばらくして、あいつが社内に入るのを確認した。自分のプロジェクトだ、失敗しないように準備でもするつもりなのだろう。 「ククク・・・無駄だがな・・・」 思わず口に出る。誰もいないから問題は無いが。 さて、ここからが本番だ。まずあいつのプロジェクトとやらの内容を把握しておく必要がある。そして其れに応じた対策を採らねばならない。 机の影に身を隠し、あいつが入ってくるのを待つ・・・来た! そそくさと入ってくるなり、鞄を開け、何枚もの書類を席に配りだした。 そして自分はモニタの下に来る。すぐ目の前にあいつの足が現れた・・・さすがにこの場所はまずいか。 一旦時間を止めて、別の物陰に入る。柱の影だがあいつは自分の事で精一杯だ、気付きやしない。 午前七時、あいつの練習が始まった。こんな朝早くから来て練習する根性があるならあんなに人を頼るなってんだ。 やろうと思えばあいつは何でも出来た。俺なんかより才能も優れていた。 だが、何でも人任せでいい加減なところがあり、俺は何回あいつの尻拭いをしたことか。 今はようやく本気を出し、自分の才能に自信を持ったのか、調子に乗って随分いい暮らしを手に入れている。 そして今、更なる高みに手を出そうとしているのだ・・・ 許すものか! その輝かしい居場所を築けたのは誰のお陰だ?そう、俺のお陰だ。 それを恩を仇で返しやがって・・・ 今に見ていろ、その栄光の台座を叩き壊してやる! 何度も練習を繰り返すあいつを見ながら、俺は拳を強く握った。 午前九時、会議室にはこの会社の重役が顔を揃えていた。朝早くからこいつらもご苦労なことだ。部屋の隅の陰で俺は経過を待った。 さて、まずは軽くジャブ程度だ・・・ 会議室がざわつきだした。みんなチラチラとあいつを見ている。 あいつじゃあいつで困惑しているようだ。まあそれも当然か。 あいつがせっせと席に配った資料のコピー。それを昨夜、時間停止中にみかけたキャバクラのチラシに摩り替えておいたのだ。 道徳的にもまずい上に、こんなものと資料を間違える様な管理の仕方は大問題だろう。 案の定、会議が始まる前からあいつはもう信用を失いつつある。ざまあみろ。 何とかあいつは持ち返してきた。奇抜なプランでお偉いさん達を虜にしている。 あいつのプロジェクトは学の無い俺にはよく分からなかったが、どうやら経営が傾き始めたこの会社を立て直せるだけの力のあるものらしい。 何でも某企業と手を結び、かつ利益の大半をこちらで確保出来るそうだ。美味い話だが世の中そう簡単にいくものなのか? まあいい、どちらにしろ其のプロジェクトは失敗に終わるんだ。この会社の連中には悪いがあいつを雇ったのが運の尽きだったということだ。 さて、そろそろ二番手が来るぞ・・・ 「―ではこちらの映像を御覧下さい。私のプロジェクトが成功すればどうなるかが良く分かっていただけるかと思います。」 あいつが自信満々でスクリーンに映像を流した。 そして途端にざわつき始めた。 そりゃそうだ、流れたのはプロジェクトの内容なんかではない。あいつの家に忍び込んで持ち出してきた面白い映像だ。 「―今日も社長が俺を愚痴を聞かせる為だけに呼び出してきた。全く五月蝿いったらありゃしない。あの会社は俺でもってる様なもんだなあ。」 そんなあいつの声が響く。そう、あいつは会社の悪口等を御丁寧に映像にして保存していたのだ。 誰かに見せるつもりだったのか、自分で見て満足するつもりだったのかは知らないが、何がしたいのか理解に苦しむ。 おかげであいつを陥れる格好のネタになったわけだが。 あいつが映写機の準備を始めた時に思いついたネタだったのだが、まさかこうも上手くいくとは・・・ 「どういうことだね!」 社長らしき男が顔を真っ赤にして怒鳴りだした。無理もない、映像は主に社長の悪口で占められていたのだから。 あいつはあいつで混乱し、あたふたするばかり。これでも十分とも思えるが、未だ足りない。 此れではせいぜい、降格か減給程度だろう。クビにもなるかもしれないが確実性が無い。 最後は俺の手でとどめをさしてやる・・・ 社長があいつに詰め寄り、あいつは必死で言い訳をしている。今が絶好のチャンスだ。 時間を操れる今にしか出来ない事だ、見ていろ・・・ 時間を止め、あいつの腕を高く上げる。手を垂直にし、位置を合わせる。 まずは在り来たりだが、チョップの体制だ。あいつの立っていた机の陰に隠れ、時間を動かした。 「ぎゃ!」 「うわわ!?」 「貴様!」 どうやら上手くいった様だ。さて・・・ また時間を止め、見てみると社長が青ざめたあいつに掴みかかっている。思ったより効いている。 だが、まだまだ。 今度は一旦社長を引き剥がし、あいつの右足を思い切り持ち上げ、社長の顔面に持っていく。 時間を戻したら、足が顔面に食い込む事だろう。 再び机の陰に隠れ、時間を動かす。 「ぐわ!」 「え!?うお!」 倒れこむような音が二つ聞こえた。どうやらあいつも無理な体勢にしたせいで転んだようだ。 「貴様ぁ!許さん!覚悟しろ!」 どたんばたん 漫画の中でしか見たことの無い様な音と状況がリアルに起こっている。 俺は時間を止め、殴られているあいつの姿を横目に、会社を去った。あれだけやればもういいだろう。 さて、俺を陥れた奴らは三人とも陥れ返してやった。これからはこの能力を使って楽に暮らしていこう。 そう思っていた。 「さて、時間停止解除!」 時間停止中も俺の時間だけは進む。止めっぱなしは流石にまずいので戻すことにしたのだ。しかし・・・ 「あ?あれ?解除だ解除!おい!解除だって!動けよ!おい!」 今まで簡単に出来ていたことが出来ない。時間が戻らないのだ。 「おい!何でだよ!おい!」 懐中時計が壊れている様子は無い。が、時間はさっぱり動かない。 「クソ!どうなってるんだ!?」 「ははは」 「!?」 困惑している俺の背後で突然笑い声が聞こえた。この声は! 「あ・・・あんた・・・」 黒い奴だった。俺にこの時計と力をくれたあの黒い中年のおっさんだ。 「丁度いいところに!時間が戻らないんだ!何とかしてくれ!」 「まあ、そう慌てなさんな。まずはわしの話を聞いてはくれんか?」 「・・・分かった。聞くから後で何とかしてくれよ?」 「おうおう、では話そうか。」 一体何を話すというのだろう?面倒だし、この状況だ。しかしこのままでは困るので、仕方なく聞くことにした。 「わしもな、この力をある人から貰ったんじゃ。」 「へえ。」 「この力は最高じゃ。何でも出来るからなあ。」 「ああ。」 俺の返事は素っ気無い。どうでもいいからだ。何だってこんな無駄な時間を・・・ 「でじゃな、わしは何でこんな素晴らしい力をおまいさんにも分けてやったと思う?」 「え?」 突然の質問に俺は驚いた。何でそんなことを聞くんだ?自分で最初言ってたじゃないか。 「今更何を・・・俺が余りに哀れだったからだろ!?」 「確かにそう言ったがな、実は違うんじゃよ。」 「は?」 「時に、おまいさんは12年前の10月、何をしたか覚えているかな?」 12年前・・・俺が人生で唯一、犯罪を犯した日だ・・・中学生のときだったか。 ずっとまっとうに生きてきたが、どうにもこうにもならなくなり、路地裏で強盗を働いた。 「あ、ああ・・・あんたには関係ねえ話だが、俺には特別な事があったな。」 「はっきり言えばいいじゃろ、強盗したとな!」 「な、何で・・・」 あの時の相手がこいつだってのか?いや、違う。俺が襲ったのは女だった。しかもかなりの年の。 こいつじゃない。性別も年も違う。 「わしはな、その様子を見てしまったんじゃがな、怖くて何も出来んかった。」 「そ・・・そんな話どうでもいいだろ!もう時効さ!」 「ああ、そうじゃな。わしを苦しめたあの事件も、もう時効じゃ!」 「あんたは関係ないだろ!あんたから奪ったわけじゃねえ!それともあの婆さんがあんたの関係者だったとでも言うのかよ!」 「全く無縁じゃ。」 「じゃあ何で!?」 「ふん、あの女はな、おまいさんが去った後で、わしが陰から見ていたことに気付いてな、わしを攻めたんじゃ。」 ・・・だからなんだって言うんだ、俺が直接こいつをどうにかしたんじゃない。 「その女はあるやくざの母親でな、わしは散々に追い詰められ!仕事も出来なくなり!金という金を奪われた!全ておまいさんのせいでな!」 「る、るせえ!あんたが勝手にビビって出てこなかったのが原因じゃねえか!」 「犯罪を犯しておいて随分強気じゃのう!」 「ぐっ・・・」 確かに犯罪を犯した俺が最終的に悪い。だが、俺は疑問しか出なかった。 「・・・一つ聞きてえ、じゃあ何で恨んでる俺にこの時計くれたんだよ?」 「勿論、おまいさんを苦しめる為じゃ。好き勝手やって十分いい思いをさせてから恐怖のどん底に突き落としたほうが余計に苦しいじゃろ!」 「じゃ、じゃあこの状況はあんたの仕業か!」 「当然じゃ。」 なんて奴だ、逆恨みからここまでするか!? 「因みに、今までは好きなものを好きなように出来てきたと思うが、これからは完全におまいさん以外は止まるからの。」 「ど、どういうことだ!」 「其処に在るモノは其処から一切動かせなくなるということじゃ。」 「・・・てことは食い物も動かせないから食えないってか!?」 「形を変えることも一切出来ん様になるわ。時間を止めれても、一切何も出来なくなるということじゃな。」 「ふざけんな!戻しやがれ!」 俺は黒い奴に殴りかかった・・・が、あの力を二重で使ったのか、いつの間にか後ろに回り込まれていた。 「くそ!」 「ふん、元々わしの力の一部を時計に込めておまいさんに貸してやったに過ぎんのじゃ、おまいさんがわしをどうこう出来るはずがないじゃろ!」 「ど・・・どうすればいいってんだよ?」 俺は降伏することにした。今までの人生が、さっさと降伏することを勧めてきたのだ。 「どうもせんでいい。ただ凍った時の中で朽ち果てていけばな。」 「なっ・・・頼む!この力はもうなくてもいいから!せめて普通に生かせてくれよ!なあ!悪かった!謝るから!」 「・・・わしにこの力をくれた人はな、世の中の悪を滅ぼすために力を使っていたんじゃ。そしてその跡継ぎにわしを選んでくだすった。」 「・・・」 「わしが余りにも哀れじゃったからかの?何でも其の人も元々は最低な生活の時に先代から力を受け継いだらしいからの。」 「・・・」 「さて、そろそろお別れじゃな。おまいさんが何をしようと、わしはおまいさんを許すつもりはない。」 「・・・」 もう何も言葉が出なかった。こいつは俺を許す気が全く無い。 俺は犯罪を犯した身な以上、何も言えないし、刃向かおうにも向こうはあの力を自在に扱える。勝ち目は無い。 此れが俺の運命なんだろう。一時でもいい思いを出来ただけ、まだましだったと考えれば少しは気が安らぐ。 「ではな。」 黒い奴はその一言で目の前から消えた。 俺は自分の家の前まで来た。扉は開かないし、いくら蹴ってもドアは微動だにしないから壁にもたれかかっているだけだ。 黒い奴が言っていた完全な停止とはこういうことらしい。本当に何も出来なかった。 「・・・俺がどんなことと引き換えにしていいから助けてくれと言ってもダメなんだろうな。はあ・・・」 ずっと独り言ばかりだ。他にすることも無い・・・というより何も出来ないのだ。 ・・・いつの間にか眠っていたらしい。何か騒がしく、目が覚めた。 ・・・騒がしい? はっとして俺は起き上がった。周囲を見渡す。 ・・・動いている。何もかもが! 「どうなってるんだ!?これは・・・」 あの黒い奴が許してくれたとでもいうのか?でもいきなりどうして・・・ 混乱の覚めないまま、自宅の中に入ってみた。棚には盗み出した食料の残りが置いてあった。 夢オチではない様だ。 コンコン ドアをノックする音が聞こえた。 「はい?」 ドアを開けると、そこにはあの黒い奴がいた。 「あんた!」 「どうも。」 「どうして・・・許してくれたのか!?」 「いいえ。」 「は?」 黒い奴はニコニコしている。 「じゃあ何で?」 「おまいさん、どんなことと引き換えにしてもって思ったじゃろ?そこで最後のチャンスを与えてやろうかとな。おまいさんも中々苦労続きの人生じゃったみたいだしの。」 「本当か!?ああ!何でもする!何をすればいいんだ?」 俺の心に光が差し込んできた。 「では、おまいさんが陥れた三人の苦しみを無かったことにして、その分の苦しみを背負いながら生きてもらおうかの。」 「うっ・・・分かった。それで許してくれるなら・・・」 「ではそうしよう。それでは今度こそ本当にさよならじゃ。せいぜいまっとうに生きなさいな。」 「もうかよ!ま、いいけど・・・」 黒い奴はあっさりと帰っていった。 これから俺は、今まで以上に苦しみながら生きていくのだろう。 だが、止まった時間の中で独りで誰にも知られずに死んで行くよりはずっとましだ。 あの三人が元に戻るのは悔しいが、もしかしたらあの三人を陥れたからあんな恐ろしい目に逢ったのではないかと思うと、それも我慢できた。 苦しくとも、歪んだ感情に流されて誰かを苦しめるより、まっとうに生き続けるのが一番だと知った出来事だった・・・ 俺は今日も皆が自由に動く世界で生きている。 終