神様の記録帳 1554-BT5:記録者 ユウ:被験者。全体的に不幸。 プログラムタイプ:B 目的:対象者の救済 記録:1554−BT5 被験者:少年ユウ(10) 開始 今日は10歳の誕生日。 ユウは其の日も不幸であった。 朝、目覚まし時計が壊れて寝坊、学校に遅刻。 昼、うっかり給食を机から落とす。しかもクラス一の乱暴者の足の上に。 夕方、何も無い所で躓き、拍子にリコーダーをどぶ川に落とす。 夜、唯一の肉親である母親が風邪で寝込み、誕生日の祝いは一切無しのまま就寝。 有り得ない程に不幸な此の少年にも希望はあった。 彼は神様に毎日お祈りをしていた。 当然気休めにしかならないとは思っていたが、毎日彼は祈り続けていた。 「神様、おねがいです。たんじょうびも今年はなかったです。どうかぼくにしあわせを下さい…」 宗教等難しい事は分かっていないが、とにかく彼は何かしらのお祈りをしていた。 そんな彼に、誰とも知れぬ神様の様な者が現れ、願いを思いのままに叶えてくれたらどうなるのか? さあ、賽は投げられた… 「かみ…ま…いしま…むにゃむにゃ」 ユウはよく寝ている。 今が丁度いい。人間に話しかけるのはやはり夢の世界に限る。 … 思っていたより酷い。 夢の中の楽しく自由な世界だというのに、彼は巨大な岩に追いかけられていた。 根っからの不幸者だ。 もう此処まで幸薄い人間は流石に居ないと思っていたのだが…世の中は広いものだ。 仕方なく岩を消してやる。 「…かみさま?」 ユウは消えた岩よりも、此方に驚いている様だ。 「かみさま!ありがとうございます!ずっとおいのりしてました!」 分かっている。 寝言で断片的にだが言っていたし。 しかし岩に追いかけられながら、よく祈祷が出来たものだ。 「かみさま!ぼくをたすけてください!毎日いやなことばかりなんです!」 其れも分かっている。 だからこそ来たのだ。 しかし、厳密には神ではないのに神と呼ばれていいものだろうか? まあ、深い事は考えない様にするのが一番良いと先生も言っていたし、流すか。 「かみさま!ぼく…どうやったら幸せになれるのかなあ?」 難しい事を言う… 何しろ恐るべき不幸の塊の様な少年だ。 ちょっとやそっとの事では効果が無いだろう。 とりあえずユウが望んだ事を、世の中のバランスを崩さない程度に与えてやる事にした。 不幸の度が過ぎているのだ。 此れくらいはしてやってもいいだろう。 「あ…ありがとうございます!でも、できるかぎり自分でがんばります!」 中々殊勝な心掛けだ。 わざわざ救済対象に選ばれるだけはある。 不幸な者にもいろいろ居るからな。 不幸を呪ってあっさり命を絶つもの、不幸を人の所為にして八つ当たりする者、不幸を言い訳に何もしなく成る者… そういう輩は助ける価値も無い。 さて、そろそろ夢世界から出るとしよう。 そして、ユウ少年の記録に戻るとしよう… 朝目覚めたユウ少年は、希望に満ちた目をしていた。 夢の中の出来事をこうも素直に受け入れるとは… 少し不安にも成るが、まあ良い。 其の方が扱い易いというものだ。 さて、昨日壊れた目覚まし時計が直っているはずが無い。 と、いうことはだ… 「わあ!こんな時間!がっこうにおくれちゃう!」 早速来たか… 時計を新しく用意しろよとも思ったが、一日寝込んでいた母親の看病で其れ所では無かったのだろう。 そもそも10歳で時計を買ってくるのも難しいか… 仕方が無い。助けてやろう。 「ぼくに羽根があったらがっこうまで飛んでいけるのに…」 羽根か… 羽根を持たない者がいきなり羽根を持っても、上手く操れるのだろうか? 其れに空には危険が一杯だ…其処には気付いていないのだろうか? …10歳で気付けというのも無理な話か。 仕方ない、試しに付けてやろう。 「あれ?羽根が生えた!?そうか!かみさま!ありがとうございます!」 とりあえずは羽毛タイプを付けてみたがどうだろう? 実用性から言えば他のタイプの方が良いのだろうが、子供から見て「羽根」と分かるものでないと駄目だろう。 さて、此れで無事に飛べれば良いが… ユウは初めての羽根も器用に使いこなし、学校にも間に合えた。 そう、此の少年は決して能力が低い訳では無いのだ。 唯、運が悪いだけなのだ。 おや?また何かあった様だな。 どうやらせっかくやった宿題を飛んでいる最中に落としたらしい。 此れは…運の問題では無い…か? まあ良い、さて、どうしてやるか… 「どうしよう…まずどこに落としちゃったかが分からないし…」 なるほど、失くし物の場所が分かれば良いのか。 ならば話は早い。 探し物を心の目で探せる能力をやれば良いのだ。 此れなら羽根の様に目立たないから使いたい放題だ。 では早速… 二つ目の能力でユウはまた壁を越えた。 能力への順応が早いから此方としても楽だ。 思い上がらない程度に能力をくれてやれば、あの少年は放って置いても大丈夫だろう。 此の試験さえ合格すれば、私も神の仲間入りだ。 そう、私は未だ神ではない… 神候補とでも言うべきか、そういうものだ。 そんな私に与えられた神に成る為の試験が、不幸の塊の様な此の少年を救い、経過を記録する事だった。 今思うと、随分楽な内容だ。 様子を見てちょちょっと能力をやればいいだけなのだから。 さて、今は…おっとまたか… 「おい!てめえ、オレの足を何回ふんだら気がすむんだよ!」 「ご、ごめんよ…わざとじゃないんだよ、ゆるしてよ。」 「いーや!三日れんぞくでやられたら、わざととしか思えない!今日はゆるさないぞ!」 …ふう、此れだ。 もしかしてユウは注意力が無いだけなのではないか? もう少し周りを見れば大体は解決する気が…っと今は其れどころじゃないな。 とりあえずは…待てよ、どうすれば? 下手に力を強くするのはまずいだろう。 不思議な力でドカンともいかないしな… うーむ… 考えたが思いつかない。 早くしなければユウがやられてしまう…ええい、仕方ない! 「くらえ!」 ガキン 「うわわ…って、あれ?」 「いってえ!こいつかてえ!くそー!」 ふう…危機一髪だった…咄嗟にユウの体を鉄の様に硬くしてみたが… 「これは…そうか!またかみさまがたすけてくれたんだ!ありがとう、かみさま!」 流石にあの能力はまずいな…後で消しておくか。 だが、こうもストレートに感謝されると嬉しいものだな、別の解決法を考えてやろう。 ようやく学校も終わり、ユウは帰路に着いた。 羽根は目立つからか使っていないが…大丈夫か? 大丈夫では無かった。 犬に吠えられ石に躓き噛み付かれ、おまけに適等に逃げ回ったからか、道に迷っている様だ。 「どうしよう…あ!」 ん? 「えーと…」 ユウは目を瞑った。 ああ、遠捜の目を使っているのか。 あれで家の位置を調べているんだな…中々頭が良いじゃないか。 そうだな、羽根と遠捜の目があれば十分だな。 そもそも此れ以上与えるのが問題だ。 人間を大きく越えてしまう。 さてと…と、おや? ユウは何時の間にか複数の不良に囲まれていた。 …数十秒の間に何が起こったんだ? 「おいガキ!目ぇつぶって歩きゃよ、人にぶつかるよなあ?それぐらいテメエでも分かるよなあ?」 成る程。 遠捜の目を使ったまま歩いてあいつ等にぶつかったのか。 ふむ…今度はどうするか…? 不良なんぞ簡単に吹き飛ばせるほどの能力を与えるのは簡単だが… そうだ、まずは… 時間停止 今回与える力は少々扱い方が難しい。 ユウの思考内に完全な理解を埋め込むには時間が足りないのだ。 今までの能力も、与えると同時に使い方を一瞬で思考内に埋め込んだ。 そうすれば、まるで昨日から知っていたかの様に能力を使う場面や、どうすれば発動するかが分かるのだ。 しかし、小学生の脳に埋め込むのに、其れ以上の事は危険なのだ。 なので、注意すべき点等は別で埋め込む必要がある。 全くもって面倒だが仕方が無い。 まずは能力だけを与え、ユウの脳の時間だけ戻す。 天の者は地の者を自らの手で葬ってはいけないのだ。 あくまで地の者は地の者でどうにかさせなければならない。 ユウの脳に問いかけ、今回の能力が如何に危険かを埋め込み、そして使用制限等も続ける。 体が動いていないのでどうかは分からないが、十中八九理解しただろう。 さて、後はお前次第だ… 今回与えた能力は、記憶を操る能力だ。 先程の一連を相手の脳内から消し、何も無かった事にする。 下手に加減を誤って消し過ぎてしまうと、天が黙っていないだろう。 また、何でも消せるという訳でもない。 自分の危機に関する記憶しか消せないのだ。 しかも自分が故意にしでかした件については消せない。 悪事に利用するのを防ぐ為だ。 小学生には難しい事かもしれないが、此の子供は神の類を強く尊敬しており、深く考える様な事もしないので、簡単に良い事悪い事で説明すれば十分だ。 実際にユウは上手く新たな能力を使いこなし、今回の危機も乗り越えた。 一日で能力を与え過ぎた気もするが、羽根以外はそう目立つものでもないし、平気だろう。 …もうすぐ一週間だ。 今回、ユウ少年を救う期間は一週間。 其れ以降一ヶ月を現役の神が観察し、記録者の成績が決まる。 結局あの後、時間を止める能力、記憶を永遠に保持する能力、心に鍵をかける能力、姿を消す能力、水中で息が出来る能力を与えてしまった。 だが、ユウは決して能力を悪用することなく、幸せに生活している。 きっと大丈夫だ。 きっと… 一週間が経ち、結果報告を待つ。 其の間の一ヶ月はあっという間だった。 そして、ついに神に成る時が来たのだ… … … 信じられなかった。 成績は0点、当然失格だった。 何故だ? ユウはあれから悪人に成ってしまったのか? … 違った。 ユウは善良な少年のままであった。 あれからも能力は本当の危機にしか使わなかった。 だが、問題は別に在った。 そう、問題はユウではなく、自分に在ったのだ。 能力を与え過ぎたのがやはりまずかったのだ。 ユウは使用頻度が低いとはいえ、人間に有るまじき能力を持ち、人間を越えてしまった。 そう、自分と同じ存在に成っていたのだ。 地の者を天の者に正式な機会以外でするのは相当まずいらしい。 そして、自分…いや、俺は罰を受ける事に成った。 内容は記憶の返還と試験の再開。 消されていたので当然覚えていなかったが、俺もまた、ユウの様に担当の記録者の不手際で天の者にされた一人だったのだ。 そして其の記録者は今でも俺を記録し続けているらしい。 そう、俺の未来そのものだ。 俺もまた、ユウを記録し続けなければならない。 ユウが別の不幸な地の者を記録する様を… ユウが成功するか、失敗するかは分からない。 だが、彼が失敗する事は俺もまた失敗する事に、さらに、俺の記録者もまたまた失敗する事に成る。 願わくばユウが成功し、神に成る事を望む。 此れ以上、悪循環が続かない様にする為にも… プログラムタイプ:B 目的:対象者の救済 記録:1554−BT6 被験者:女性シノ 開始 今日もまた、ユウと俺と俺の記録者は記録している…