守られる一人の男と12人の目 <主要人物> 連城光(18):主人公。あらゆる点で普通。 香宮可奈(18):光の恋人。明朗快活。 神城丈治(34):光の護衛の一人。体術が得意な巨漢のSAT隊員。 ルーク・ヘイワーズ(25):光の護衛の一人。米国特殊部隊SWAT所属でナイフの達人。 デュクセン・ラスラフ(30):光の護衛の一人。露西亜連邦保安局所属の凄腕スナイパー。 ラウリック・ザッハトルテ(28):光の護衛の一人。英国情報部所属で、部隊への指示と記録報告を担当。 マルセン・シイナ(44):光の護衛の一人。日本人と仏蘭西人のハーフ。部隊の隊長を務める仏蘭西DGSE特殊部隊所属の厳格な猛者。 勝瑞茂樹(18):光の親友。 大乗芳文(30):光のクラスの担任。担当は体育。 松原杏子(41):光のクラスの副担任。担当は物理。 メラ(?):謎の女。 ケイン(?):謎の男。光を監視している。 第一章:前兆の半年間 連城光、高校三年生の18歳。 彼は其の日、帰宅するなり複数の男達に依って捕らえられた。 自室まで連行されると、偉そうな男と彼の恋人が待っていた。 そして説明が始まった。 ・連城光が特別保護対象に指定された事 ・彼の護衛の為、世界各地の特殊機関から人員を配備する事 ・生活は今まで通りで良いが、必ず何処に行くにも護衛が最低一人は付く事 ・危険性が完全に無くなるまで、此の先何年でも護衛は付き続ける事 唯、其の四点を説明すると偉そうな男は出て行き、後には光を捕らえた五人のいかつい男達と恋人の可奈だけが残った。 可奈は男達に食って掛かるも、全く相手にされておらず、光は唯、呆然とするばかりだ。 翌日、光は何時も通りに登校した。 何時も通りに授業を受け、何時も通りに部活で汗を流し、何時も通りに帰宅した。 …常に二人の男が近くに居る事を除けば、何処までも「日常」だった。 異変が起こったのは、護衛が付いてから一週間が経った時だった。 帰宅途中で光は襲撃を受けたのだ。 銃撃の音、ナイフが皮膚を裂く音、骨が砕ける音…いろいろな音がした。 襲撃してきた三人の覆面男は、護衛の丈治、ルーク、デュクセンの三人の手で処分された。 あっという間の出来事であったが、光には随分と長く感じられた様だ。 其の日から、光は現状をようやく受け止め、護衛たちを認めた… <第二視点より> 連城光の護衛を開始してから一週間目、ようやく彼と打ち解ける事が出来た。 常に傍に居る身としては早く信頼関係を築きたかったが、あんな事を言われて「はい、そうですか。」と言える人間など居ないだろうから、半ば諦めていた頃だった。 襲撃はある意味で有益だ。 光を狙う者を一人でも潰せる訳だし、彼と打ち解けるきっかけにも成った。 其れに正直、退屈な日々に飽き飽きしていた。 やはり体を動かすのは良い。 其の内に光とスポーツでもしてみようか? きっともっと仲良く成れるぞ! 数日後、早速俺は隊長と光に申し出た。 二人ともアッサリとOKをくれた。 さて、まずはそうだな…基本はやはりアレだろう。 ふふふ、楽しみだ。 <第三視点より> いきなり俺に護衛が付いた時はワケが分からなかったが、この前の事件でようやく俺は守られなきゃいけないって事が分かった。 今日はルークさんとキャッチボールをする事になっている。 何日か前に、いきなり聞かれた時はびっくりしたが、あの事件以来話すようになってみればルークさんはずいぶん豪快で良い人だと分かったので、すぐにOKした。 勉強も運動も得意でもないが、苦手でもない。 最近知り合いともあまり会えないし、暇つぶしには丁度いいだろう。 …一時間やってみたが、疲れた。 キャッチボールってこんなにキツかったっけ? どこでかぎつけたんだか、30分前にやって来た可奈が今は俺の代わりにルークさんと投げ合っている。 彼女より弱いってのはカッコ悪いが、あいつは昔から男勝りなヤツだった。 そういう所も好きだから付き合っているワケなんだが、やっぱりいざとなると、気にしてしまう。 しばらくしてようやくキャッチボールが終わり、俺達はそれぞれ帰った。 家に帰ると、ラウリックさんが晩飯を作って待っていた。 ラウリックさんはあのジェームズ・ボンドと同じ組織の人らしい。 普段はイヤホンみたいなのを付けて、パソコンの前でカタカタしてばかりいるが、料理がとてもウマイ。 他の人達はどうやら料理はダメダメらしく、いつもラウリックさんが作っている。 護衛の人達は入れ替わりで晩飯を食べている。 常に俺を守らなきゃいけないからだそうなんだが…大変なもんだよ。 未だにスナイパーのデュクセンさんが屋根から一発で庭に飛び降りてくるのにはびっくりさせられる。 どこに行ってもこの人はただ黙って屋根の上に行き、周りを見張っている。 ときたま空をじっと見ているらしんだが、何をしたいのかはよく分からない。 あいさつくらいはするが、言葉自体ほとんど出さないし、いつも屋根の上だから会話する機会も少ない。 いつまでかは知らないが、一応仲良くしときたいんだよね。 …さて、そろそろ寝るか。 <第四視点より> 今日も護衛対象は無事に眠った。 私が睡眠するのは一日に30分だが、十分だ。 いざとなれば10分でも構わない。 決まって午前二時に、隊長が私と30分だけ交代する。 睡眠の時間だ。 しかし、ヘイワードには困ったものだ。 護衛対象と遊ぶなど…其の隙に敵が来たら対処出来るのか? キャッチボールに始まり、フットサル、バスケットボール、ラグビー紛いの事までし出した。 何かあってからでは遅いのだ。 やむを得ず最近は私が付近に潜伏してやっているが、何時か言ってやらねばなるまい。 …護衛開始から三ヶ月が経過した。 一週間目以来、襲撃が一切無いのが気になるが、何も無いに越した事も無い。 護衛対象はすっかりメンバーと打ち解け、よく真下から笑い声が聞こえる。 …私はあくまで見張りに専念するが故、ああして笑う事は無いだろう。 …む? 一瞬何かが光った気がするぞ? まさか敵のスナイパーか!? いや、違う…何故違うと言うのかが分からないが、私の本能がそう言っている… 結局、其の後も変化は無かったが、隊長に報告しておくか… <第五視点より> 光に護衛が付いてからもう半年になる。 あれから私ともあまり会えなくなってるし、腹が立つったらありゃしない! ちょくちょくスポーツを持ちかけてくるアメリカ人はまだ良いとして、他の連中は何なんだ! 私がちょーっと家に行っただけでいちいち理由とか訊いて来るし! ったく…友達と遊ぶのも楽しいけど、やっぱり光で遊ぶのが一番なんだよねー。 早く解決すればいいのに…何だか知らないけど。 <第六視点より> 今頃彼は学校か… しかし可哀想な少年だ。 何も知らない侭に自由を制限され、始終厳つい男達に囲まれて暮らしている。 どうにもならない事と割り切って、俺達を受け入れた事は意外だった。 あれくらいの年の少年は昨今ではろくに大人の言う事など聞かないと思っていた。 実際に俺の祖国でも、ガキは好き勝手に暴れている。 そう考えれば、あの少年の護衛も気が楽というものだ。 さて、そろそろ本部への報告を纏めねばな。 ヘイワードと神城は光君と友情を深めている。 あまり情を入れ過ぎると後で別れが難しくなるが…彼の緊張を和らげるには丁度良いし、もうしばらくは此の侭で良いだろう。 ラスラフからは…やはりあの二人を咎めるようにとの事か。 後は…ん?此れは? ふむ…新たな襲撃の予兆かもしれんな。 此れは一番に本部へ通達させよう。 あれは堅い男だが、こういう所に気付くのは助かる。 さて、ザッハトルテが待っているな… <第七視点より> 隊長から受け取った報告も本部に送ったし、しばらくは休めるかな。 時間は…っと、もうこんな時間か! 休む暇も無いな…さて、今日は何を作ってやろうか? …おや?おかしいな、昨日補充したはずの食料がやけに少ないぞ? ふう、どうせヘイワード辺りが食ったんだな?あのデカブツが… やむを得ず自力で食材を購入した。 日本での買い物は初めてだったが、さして変わらないな。 さて、今日は肉料理だ。 少し多めに食わせておかないと、また勝手に食われちまうからな… <第三視点より> 今日はステーキか。 ルークさんの目が輝いているよ…見た目通りの人なんだな。 妙にラウリックさんがルークさんを睨んでいたけど何かあったのか? <第二視点より> 何なんだ? ステーキと聞いて喜んでいたらデュクセンさんがやたらと俺を睨んでくる。 全く…どうせ何かを俺のせいだとか思っているんだろうな。 此れだから情報部の頭でっかちは嫌なんだ。 俺みたいな現場に出るやつをバカにしやがる。 いざとなったらコソコソ隠れるしかねえくせに! …食事が終わってもあいつは何が言いたいのか俺を睨んでいやがる。 ちっ、はっきりさせるか… <第七視点より> ヘイワードがこっちに来る。 何だ?自分の罪を告白する気になったのか? 否、違うな。 アレは俺に何か文句を言いに来る目だ。 神城も見てないで止めろよ… おや? <第八視点より> チャイムを押したのに誰も出ない。 やはり護衛付きは違うな! しかし私は引く訳にはいかないのだ! 可愛い教え子が大変な目に逢っているのだ! 担任の私はそれから教え子を救わなければならない! 私は臆しないぞ!待っていろ連城!先生が助けてやるからな!!! <第九視点より> …あの男は誰だ? 私の予定には無い男だ。 障害と成るならば排除しなければならないが… … 何を言っているのだ…無関係者を巻き込むのは止めようと決めただろう。 目的はあくまで連城光唯一人… そう、其れ以外は無関係。 無関係者は殺さない。 無関係者は安全で居させる。 無関係者は無関係の侭… 私は唯、私の目的を果たすだけで良いのだ。 従ってあの男は無視。 もうしばらく監視に戻るだけ… <第十視点より> …どういうことなんだろう。 よていがいがふたつ。 わたしはただあれをあれのままにしたいだけなのに。 あれはあのままがいいのに、あっちはあれをああしようとするし、そっちはあれをああしたい。 でもわたしはなにもできない。 わたしがあれをああしたら、あれはあれでなくなってしまう。 あれはああのままがいいのに。 めらはそうおもうよ。 でもあっちもそっちもあれはあれのままはいやらしい。 こっちはめらのいうことをきいたからだいじょうぶ。 こっちはなにがしたいのかな? こっちのよんばんくんはわたしにきづきそうになっていたよ。 よんばんくんはわたしをみたらどうするのかな? よんばんくんはこわいから、わたしをころしちゃうかな? でもよんばんくん、あっちにもそっちにもきづいてないよね? ほんとうはあっちやそっちをみなきゃいけないんだよ? あーあ、めらはどうすればいいのかな? まだみるしかできないのかな? あーあ。 あーあ。 あーあ。 あれはあれのままがいいのに。 <第六視点より> 玄関のチャイムが鳴った… ラスラフはもうスコープを向けているだろう。 さっきまで騒がしかったヘイワードもスタンバイ完了している。 緊張の中、私はドアを開けた… <第八視点より> 驚いた! 私の見た事の無い男だった! 連城は何人の護衛を連れているんだ? とりあえず、私は男に尋ねる。 勿論、連城の様子はどうかとだ。 私の身分も明かしたし、大丈夫だ。 さあ、連城!先生が来たぞ! さあ、連城!来い! <第三視点より> …最悪だ。 神城さんに呼ばれて来てみれば、そこにいたのは担任だった。 やたらと正義がどうのだの、熱血だのとうるさい体育教師だ… 何やらもう安心だとか叫んでいる。 あんたが来ないほうが安心だっての! とりあえず、隊長さんに悪い人じゃない事を伝えて、家にあがらせる事にした。 …どうせ断ってもOKするまで粘るんだろうし。 夜だっていうのにこいつは元気だ。 俺を励まそうとしてるのか、しきりに安心だとか先生に任せろとか言っている。 明らかにルークさんたちのほうが安心なんだよ…もう帰れよ… <第九視点より> あの男が内部に侵入してから既に20時間。 長過ぎる。 そして先程入っていった男も出てこない。 ええい、どうなっている? 何とか私も内部に入りたいものだが…接点が無い。 全くの見ず知らず。 圧倒的に不利ではないか! ふむ… 監視も限界だ。 強行するか?否、危険だ。 屋根の上の男はきっと逃さないだろう。 あれさえ如何にか出来れば… しかしあの男も無関係者だ。 殺せない。 安全で居なければならない。 くそ!今日も失敗だ!また監視だ! 監視監視監視監視監視監視監視監視監視監視! 明日もきっとそうだ! <第七視点より> 全く面倒な事に成ったもんだ。 ヘイワードは食料を盗んでいなかった。 大乗とかいう煩い男が騒ぎ始めてから、ヘイワードが再び此方に来たから訊いてみたら! じゃああの食料は何処に行った!? 日中も此の家は隊長と俺でしっかり守っていたと言うのに! 侵入者? 在り得ない…そんなものを許す程俺も隊長も甘くない。 第一、幾重にも張り巡らされた監視システムを突破出来るものか! 地下から来るものもシステムは感知するし、玄関など以ての外。 裏口は一番システムが厚いし、ならば何処から!? ネズミ等の小動物如きに冷蔵庫は開けられないから其の可能性も無い… 何なんだ!? もどかしい。 俺の頭脳はこういう時に発揮されるべきなのに!全く分からない! ああ、もどかしい… <第十視点より> あーあ。 またそっちがきちゃった。 あそこにはあっちもそっちもこっちもいるんだね。 どっちがかつのかな? あれれ? あーあ。 もういっこもきちゃった。 もういっこはもうよびかたがないよ。 もういっこでいいかな?いいよね。 もういっこはもうこないんじゃなかったのかな? でもきちゃった。 そっちがふたりもつかうから… もうみんなそろったんだね。 じゃあめらもいこうかな。 え?だれかいないひともいるのかな? でもいいよね。 いないひとはしあわせはひとだよ。 あーあ。 ばいばい。 よんばんくん。 あーあ。 じゃあ、いこうかな。 <第三視点より> 何だろう? すごく嫌な予感がした。 … 何かと訊かれても答えられそうに無いんだが… … え? <第八視点より> ああ、私は何も出来ないのか!? 必至で叫んでも誰も聞いてくれない! ああ、連城。 無力な先生を許してくれな? 今日はもう帰るけど、きっとお前を助けるからな! <第十視点より> あれれ? どうしたのかな? あっちもそっちもかえっちゃう? あれれ? もういっこもかえっちゃう? もう、ここまできたのに。 みんながかえるんならわたしもかえるよ? なんだったの? あれれ? あれれ? わたし わたしなんだ そうなの… そうなんだ… あーあ。 やっぱりみるだけにしておけばよかったよ。 あーあ。 あれはだいじょうぶかな? あーあ。 もうみることもできないんだ… あーあ。 がんばってね、こっちのみんな。 あーあ。 よんばんくんかわいそう。 あーあ。 あーあ。 あーあ… <第三視点より> …疲れた。 みんなもかなり疲れているみたいだ。 ラウリックさんはずっと悩んでいるみたいだし、隊長さんはずっと玄関を睨んでいる。 ルークさんは見たままに疲れている。 神城さんはぶつぶつ言いながら片付けているよ。 ラスラフさんは…屋根か。 もう結構な時間だ。 もう寝よう… ゆっくり寝て、明日先生に文句を言ってやろう。 そういえば、先生は何で今日来たんだ? 今までの半年は何も行ってこなかったくせに… それにこんな夜中だ。 午前二時。 明日先生が遅刻したら面白いのに… 第一章、完…第二章に続く。